東京高等裁判所 昭和49年(行コ)45号 判決 1974年9月26日
東京都目黒区上目黒五丁目一三番九号
控訴人
下村キク
右訴訟代理人弁護士
中條政好
東京都目黒区中目黒五丁目二七番一六号
被控訴人
目黒税務署長
大野良男
右指定代理人
山田厳
同
小山三雄
同
石井寛忠
同
石川新
右当事者間の昭和四九年(行コ)第四五号所得税更正決定等取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のように判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取消す。本件を東京地方裁判所に差し戻す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、次につけ加えるほか、原判決事実摘示(ただし、原判決書五枚目表七行目を「被告は、乙第一号ないし第三号証を提出した。」に改める。)のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(事実上の陳述)
控訴人は次のように述べた。
一 本件処分取消しの訴えを、国税通則法一一五条一項により審査請求についての裁決を経ないことを理由に、不適法として却下することは憲法七六条二項、三二条に違反する。
右の理由で控訴人の本件処分取消しの訴えが却下されてしまうと控訴人は再び処分取消しの訴えを提起する機会を失うこととなるところ、憲法七六条二項は「行政機関」は終審として裁判を行なうことができないものと規定し、もし審査庁において不服申立期間経過後の審査請求を不適法として却下した裁決を、裁決を経なかつたものとして処分取消しの訴えを却下することができるものとすれば、行政機関が終審として裁判を行なつたと同一の結果となるばかりでなく、控訴人にとつては憲法第三二条による「何人も裁判所で裁判を受ける権利を奪われない」との保障が失われる結果となる。
二 仮りに、右の主張が理由がないとしても、本件処分取消しの訴えは次のように行政事件訴訟法九条かつこ書きの規定により原告適格を有するから、裁決が不服申立期間経過後の審査請求であるとして審査請求を却下していることを理由に、不適法として却下することはできない。
(1) 本件処分は、被控訴人が法律により与えられた自由なる裁量権に基づいてした処分である。したがつて、このような処分が不当な処分であるとしても、裁判所が立ち入つてこれを裁判することは、被控訴人の裁量権を侵すこととなる結果、通常許されないものとされている。しかしながら、控訴人は本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有し、審査請求についての裁決は審査請求期間の経過によつて効果はえられなかつたが、なお処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益、すなわち租税債務及び差押え処分を免がれる等法律上の利益を有する者である。したがつて、控訴人は、本件処分につき違法を主張し、そのかしが重大かつ明白であることを理由に処分の無効を主張して、本件処分の取消しを求めることができるものである。
(2) また、行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。(行政事件訴訟法三〇条)のであつて、本件処分につき、処分の違法あるいは処分が裁量権をこえもしくはその濫用にあたるかどうかは、実体に入つて審理されることが必要であつて、そのため本件処分取消しの訴えを審査請求についての裁決を経ていないことを理由にして不適法として却下することは許されない。
三 したがつて、右のように本案についての訴訟係属が必要であるにもかかわらず、本件訴えを不適法として却下した原判決は不当として当然取り消され、本件は原裁判所に差し戻さるべきである。
(証拠関係)
控訴人は、乙第一号ないし第三号証の成立を認めた。
理由
一 当裁判所は、次につけ加えるほか、原判決と同じ理由で、本件訴えは不適法として却下すべきものと判断するので、原判決の理由をここに引用する。
(一) 原判決書六枚目裏二行目中「その方式」から同三行目中「推定すべき」までを「成立に争いのない」に改める。
(二) 控訴人の当審における主張について
(1) 控訴人は、本件処分取消しの訴えを国税通則法一一五条一項により審査請求についての裁決を経ないことを理由に、不適法として却下することは憲法七六条二項、三二条に違反すると主張するけれども、憲法七六条二項は行政機関もまた裁判を行なうことのあることを前提としており、しかして行政機関が行なう裁判と司法裁判所の行なう裁判との相互関係については、裁判所が終審として裁判を行なうことを要するものとしたほか、行政機関の行なう裁判を裁判所に対する訴訟提起の要件とするかどうかは法律の規定に一任しているものと解す(最高裁判所昭和二六年八月一日大法廷判決最高裁判所民事判例集五巻九号四八九頁参照)べきであつて、行政事件訴訟法八条一項ただし書き、国税通則法一一五条一項がいわゆる不服申立ての前置主義を定めたからといつて憲法三二条に違反するものでないし、したがつて右行政事件訴訟法八条一項ただし書き、国税通則法一一五条一項の規定を適用し、審査請求についての裁決を経ていない本件訴えを不適法として却下することは何ら控訴人主張の違憲の問題は生じない。控訴人の主張は、ひつきよう、立法政策の当否を非難するかあるいは審査請求期間を徒過して審査請求却下の裁決を受けたことの不利益を免がれようとするもので採用のかぎりでない。
(2) 次に、控訴人は、本件訴えにつき控訴人が行政事件訴訟法九条かつこ書きの規定により原告適格を有すること、その理由として、本件処分が自由裁量権に差づく処分であること、したがつて、その裁量権の範囲をこえ又はその濫用があるかどうかにつき審理を必要とする、と主張するけれども、行政事項訴訟法九条かつこ書きの規定は取消訴訟における原告適格に関するものであつて、そこにいう「期間の経過」とは、処分の効果が期間の経過によつて消滅することをいうものであつて、その期間の経過によつて処分の効果が消滅した後においてもなお処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者に限つて取消訴訟を提起することを定めた規定であり、本件訴えにおいては、処分の効果が存在していることを前提にその取消しを求めるものであるから、前記法条の原告適格を問題にする必要はなく、他方、このような原告適格があるからといつて、当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ処分の取消しの訴えを提起することができない旨の定め(前記国税通則法一一五条一項)がある場合に右の裁決を経ないで処分の取消しの訴を提起することまで認めたものではない。また、本件処分は、更正については国税通則法二四条、過少申告加算税賦課決定については同法三二条に基づいてなされたものであつて、右各法条に基づく処分は、被控訴人が調査した事実に基づく課税標準によつて客観的になされるものであつて、これを定めるにあたつて被控訴人には何らの自由裁量の余地はないのであるから、これが裁量権のあることを前提に行政事件訴訟法三〇条の規定の適用を主張して、同法八条一項ただし書の規定の適用を排除することはできない。
二 したがつて、本件訴えを不適法として却下した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。
よつて、本件控訴を棄却し、控訴費用は敗訴の当事者である控訴人に負担させることとして、主文のように判決する。
(裁判長裁判官 久利馨 裁判官 舘忠彦 裁判官 安井章)